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  著者:     NPOインテリジェンス研究所 理事 河野 通之 私のプロファイル

①酢酸セルロース(アセテート・トウ(DAC):ダイセル(以下D社)、TAC富士フィルム(以下F社)
和田野基氏による「 1949-04-05の記事「酢酸人絹工業の歴史と現状」によると、1919年に設立された大日本セルロイド㈱は、従来のセルロイドに加え、酢酸繊維素よりなる人絹、及び不燃性セルロイドの研究、ならびに工業化に種々の努力を払った。 1918に帝国人造繊維㈱がビスコース人絹工業を発足させたが、これに必要な酢酸、無水酢酸、アセトンの供給が不足していた。D社は1934年に新潟県新井町に新井工場を建設し、カーバイドより前記の薬品、ならびに酢酸繊維素の自給を計画し、その目的を達した。1945年の終戦後、堺工場の生産を決定し、1948年に製造の開始を見るに至った。」 私の合流はテーマ7で述べたように、私達は、液晶ディスプレイを立体視可能にする光配向方式Xpol膜を製作する際に、F社のTAC(セルローストリアセテート)を使っていた。液晶画面を広視野角に視聴できるようなフィルムを製造するラインの最終段を、F社の見学会で私は見たことだった。(資料③) これが、コダック社がフィルム事業で破綻し、F社が勝ち残る大きなきっかけを作ったTACだったのだ。F社の親会社であったD社が戦前から製造販売し、映画フィルムなど広い用途に使われているものの、セルロイド(テーマ8を参照)は燃えやすいという欠点があった。これを克服すべくD社とF社は懸命に開発し、DAC(セルロースダイアセテート)に始まり(性能上不足)、最終的にはTACに解決を見た。 D社から独立したF社は、1954年に映画用ポジフィルムのフィルムベースをこのTACに転換するとともに、1958には全てのフィルムをTACベースに転換した。(F社社史から) 次のテーマ10に再度登場していただくF社OBの上杉伸二さんの話によると、 「難燃性フィルム完成時に、F社の運動場でセルロイド製フィルムとTAC製フィルム の燃焼比較テストが行われ、セルロイド製があっと言う間に燃えてしまった」とのこと。 後に、デジタルカメラの普及によってフィルムの消費が激減しコダック社が破綻した時、 F社は、「このTACが液晶ディスプレイ用に使用され経営的にも大いに助かった」 と経営者が語っている。 この光学用フィルムが世界市場を席巻するのである。 D社のセルロイドでの知見(特に可塑剤の使い方、溶剤そしてフィルム化など)とF社の基礎力がこのTACを生んだといえる。 DACはフィルムには性能不足であったようだが、D社のアセテート・トウのタバコ用のフィルターで 活躍中。(資料②) D社とF社は現在も緊密な関係を継続している。

参考資料・引用資料
 ①ダイセルのあゆみ
 創業前史 > 1919年~
 ②富士フイルム 50年の歩み ヒストリー
 第1章 写真フィルムの国産化を目指して 第4章 ワールドエンタープライズを目指して
 第2章 総合写真感光材料メーカーへの発展
 第3章 総合映像情報機材メーカーとしての展開
 第4章 ワールドエンタープライズを目指して
 第5章 技術革新への挑戦

②セロテープ:ニチバン
セルロースはこれまでレーヨン、セロファンで使用されていた。セロテープは、戦後、セロファンに粘着剤をラミネートして、 ニチバンの歌橋社長が開発し、現在も大いに使われている長寿ものだ。製品名と商標が一致している。(資料①)
写真①にあるように、占領期、手紙開封検閲後に封印のためにセロテープは使われた。当初、封印はUSA製品3M社の スコッチテープが使われていたが 使用数量増加などで国内品に変えたいとのGHQの意向に、ニチバン社が応えた。 その開発のスピード、性能について、GHQから称賛されたという。(同社社史) ニチバンも、戦時に飛行機のドア回りで 接着できるものを納入していた経験があり、3M社は自動車の塗装時のマスキング用に使用していたようだ。 両社ともに、可動するものに使われていたという共通点は面白い。ご興味のある方は、弊NPOトップページに「検閲関係の ウェブサイトの研究」、さらに弊NPO理事長の山本武利著による力作、『GHQの検閲・諜報・宣伝工作』(岩波現代全書)を参照 されたい。戦後は、ニチバンはセロテープをさらに研究・販売に取り組まれ事務機器に不可欠のものとして使われているのは ご存知の通りである。

資料①ニチバン商標登録(セロテープ)  (111) 【登録番号】 第415360号
 (151) 【登録日】 昭和27年(1952)9月9日
 (210) 【出願番号】 商願昭25-13768
 (220) 【出願日】 昭和25年(1950)6月13日
      【先願権発生日】 昭和25年(1950)6月13日
      【更新申請日】 平成24年(2012)8月24日
 (156) 【更新登録日】 平成24年(2012)9月4日
 (180) 【存続期間満了日】 平成34年(2022)9月9日

③「ふ号」風船爆弾:和紙:こんにゃく芋他) 明治大学生田平和教育研究所資料館
2014年、明治大学平和教育研究所(山田昭館長) と弊NPOが共同研究会を開催した時に、研究所資料館を見学。そして私は、 2015年3月21日に「紙と戦争」展での小林良生先生(元通産省工業技術院四国工業技術研究所技術センター長)の記念講演 「登戸研究所と風船爆弾の風船秘密戦兵器研究における紙と製紙会社の果たした役割」を聞き感激した。正直、風船爆弾の話は 聞いていたが、これほど全国を巻きこんだ国家プロジェクトであるとは知らなかった。小林良生先生が「必要は発明の母です。 登戸の研究者は,使えるものは水とバイオマスと老人と女性の労働力だけでした」と言われた当時の状況は、私もある程度理解 できる。この風船爆弾開発には期間の制約と共に未経験の要対策事項が続出し、伝統的な技術をさらに向上させないといけない ことと新規に技術と緻密な技術を開発実行しなければならない大事業だった。「国家総動員法」が議会を通過していたとはいえ、 戦時統制経済のパワーが全開となった。
風船爆弾の概要
①直径10Mものおおきさだった
②12000メートルの高さで、9000KMの道程を偏西風を利用して新幹線並みのスピードで72時間米国に向かって飛びつづけないといけない。その実行時期は偏西風の強い1944年の11月から1945の春であった
③水素ガスを封入し3日間飛び続けた
④搭載爆弾をふくめ、約200KGの重量を持ち上げる浮力が必要だった
⑤環境温度上空の温度  -55℃に耐える
⑥硫酸系電池+不凍液+透明2重セルロイド、などの断熱構造の電池を採用。浮力が落ちて高度が下がった時に、高度回復の為に 搭載しているバラス(負荷)を焼き切るために使用する電池。
⑦球皮がすごい(10 mの大きさで水素ガス内包の気球)
*1.充満した水素を逃さない(透過させない構造)
*2.薄いこと(軽量)
*3.内圧、外圧の環境に耐えること(気温、雨水、氷?)
*4.気球組立の為に輸送可能なこと(折りたためること;要柔軟性)
*5.材料・・国内で調達できること
・基本材料は水素ガス透過させない役目を担ったコンニャク糊と、構造物強度材になった和紙(楮が均一で軽くて長い繊維が 取れた)が使われ、多層に組み合わされた(4層)。
・ミクロ的には、コンニャクマンナンに多く含まれるOH基と水との水素結合の力を利用して、和紙にも張り付きながら水素ガスを 透過させないようなバリアー構造になった。つまりガスバリアー機能付き耐環境特性(極低温)複合材 の誕生である
・耐水性をよくするためにカセイソーダ処理を行った
・折りたためることができるようグリセリンをコートし柔軟性を持たせた
・さらに耐水性を持たせる為にラッカーを塗った
*6.品質が安定していること(コンポジットは厳しいSPECがあった)
*7.約1.5万球を製作する手配(球の上部、下部用など必要であった)
⑧生産
短納期で、全国の大勢の女学生による献身的な働きにより完成した。女学生の指の指紋はアルカリでやられた。 製作時に表皮に空気を混入させないようにと脱泡させながらの大変な作業だった。素材の確保も大変な思いと関係者の協力が なくては出来ないことだ。
⑨まとめ
風船爆弾としての効果は少なかったようだが、約10、000発発射したうちの約10%を9000KMはなれた遠い米国まで飛行させ、 実際見事投下させることに成功したのだ。切羽詰まった状況での国家プロジェクトとはいえ、短期間でこれだけのシステムを開発 したことは、二度とできないだろう。全国の既存設備を利用し手に入る材料のみを使い、関係者が製造したことは歴史に残る。 そしてこの構造材料は見事な考えで「複合材として殿堂入りさせる 第一号」だといえる。それにしても手作りで、広範囲の地域を 絡めてまた大半が素人の人たちを巻き込んで量産した人たちの実行力とこれを指揮した人たちの推進力は素晴らしい。

参考資料・引用資料
①吉野興一著「風船爆弾 純国産兵器「ふ号」の記録2000-11-1朝日新聞社発行
②上平 恒著「水とはなにか」新装版 (ミクロに見たそのふるまい)2009年7月20日
③小林良生著「和紙の里紀行」3部作
 『四国は紙國 ~四国和紙の里紀行出版社美巧社
 『和紙の里紀行 ―続『和紙周遊』―出版社美巧社
 『讃岐の紙 ~その歴史を訪ねて~』出版社美巧社
④和紙の研究?歴史・製法・用具・文化財修復?
 財団法人ポーラ美術振興財団助成事業研究報告書(閲覧のみ)

④「先端開発部材化技術開発」
~NEDO非可食性植物由来化学品製造プロセス技術開発事業~
京都大学 生存圏研究所 矢野浩之教授他が推進中。
CNF:セルロースナノファイバーの利用等が進められていて豊富な木材資源を持つ日本として楽しみな研究だ。

⑤まとめ
地球誕生から6億年かけて育ってきた植物・木すなわち主体成分のセルロースたちはいろんな厳しい環境変化の中で形を変え ながら生きてきている。我々人間はこれに比べると80万年前に生まれてきたばかりである。太陽の光と水による光合成を繰り返し ながら、我々生物にとっても貴重なる酸素を排出するとともに 外部からの攻撃にも耐え得るために自分自身の構造をさらに強固に してきたと思われる。われわれ人間が簡単にそのすべての機能を理解できるわけはないだろう。構造的な解明はかなり進んだと 思うが光合成はじめとするその本質的解明、利用はこれからだ。

引用・参考文献

*セルロースナノファイバーを用いた新規機能紙の開発(H22~23)
 愛媛県産業技術研究所 紙産業技術センター 大塚和弘、大橋俊平
*ナノファイバー不織布製造技術に関する研究(H23~24)
 愛媛県産業技術研究所 紙産業技術センター 加藤秀教、山口真美

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